この記事は長いので飛ばしても日本一周の記事は読めるので飛ばしてもらっても構わない。
要約すると、会社を自主退職させられる。借り物エリミネーターで初の公道デビュー。旅費のためアルバイトを始める。
会社から自宅待機命令を出され、自主退職に追い込まれている中でバイクに興味を持った。
合宿免許に申し込み、普通自動二輪免許を取得する。
初めて教習車に乗ったあたりから日本一周をしたいという気持ちが大きくなってきた。
インターネットのおかげでバイクに興味を持ったのであるが、その時にバイクや自転車で日本一周をした人たちの情報を見聞きしていた。旅をしながら動画をアップしたり、ブログに写真を載せたりと、何とも楽しそうに見えた。野宿をしながらも何とか工夫しながら前に進む姿は当時の自分には輝かしく見えた。
それが初めて教習車に乗り、バイクの楽しさを知ると本当に日本一周をしたいと考えるようになる。
会社から自主退職に追い込まれている状況から復帰するには絶望的状況。
世の中はリーマンショックの傷も癒えぬまま震災が起き、ろくな職歴を作れなかった自分には転職は難しい。自分は無能なんだと投げやりな気持ちもあった。
そういう状況から日本一周を実行にまで移してしまった。
現実逃避だと非難されても仕方ない。当時の自分には唯一の希望であったのがバイクであった。
そこに後悔はない。
普通自動二輪免許を取得した後、すぐに親戚がバイクを貸してくれる事になった。
KAWASAKI エリミネーター250V
公道で初めて乗ったのはアメリカンバイクだった。公道デビューは緊張で両腕に目いっぱい力を入れて筋肉痛になるほどだった。
それと同時にニコニコ動画で車載動画を投稿。
日本一周に行く事を隠し、ひたすら長距離ツーリングに行くための準備をするという内容で、キャンプ道具を用意したり、初キャンプツーリングの様子を動画にした。
この辺りで会社を退職する事になった。退職を申し出た時の悔しさ、人事の嬉しそうな顔、今でも忘れられない。私に自主退職してほしい大人たちの圧力に屈したのである。何とか会社都合退職にならないか人事と論争を繰り広げたが、この辺り人事はプロである。退職に追い込んだなどという客観的証拠は何も残さない。会話は録音しておくべきだった…。証拠が無ければ労働基準監督署は何もできない。
無職で借り物のエリミネーターだけある状態になった。
SR400の購入、日本一周の旅費を少しでも稼ぐためにアルバイトを始める。
いつか詳しく触れるかもしれないが、現場作業の肉体労働のアルバイトである。
そこは、食い詰め者、前科者、ヤク中、アル中、ギャンブル狂、多重債務者、風俗狂い、元893などが集まるところだった。暴力が支配し、序列が何よりも優先されるのである。もれなく全員が喫煙者。私も食い詰め者としてその仲間入りとなった。
酒、タバコ、ギャンブルをやらない私は浮いた存在であった。
日本一周の出発時期については、夏は暑くて大変そうという理由だけで9月初旬とした。
最初にフェリーで北海道に行ってしまって、その後南下しながら秋の日本列島を楽しもうという計画。
この判断が後に大きな困難を招く事になるとは思っていなかったのである。
日本一周出発までの間の約4ヶ月をアルバイトに充てた。
(続く)
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