この記事は長いので飛ばしても日本一周の記事は読めるので飛ばしてもらっても構わない。
要約すると新卒で入った会社に自主退職に追い込まれる中でバイクに興味を持つといった内容。
時は2008年、世の中をリーマンショックが襲った。
企業による内定が決まった新卒者の内定取り消し、内定辞退を強要などが問題となっていた。
休業となり、自宅待機となる者も少なくなかった。
その年、年越し派遣村といった生活困窮者が公園で年を越すといった事もあった。
そんな世の中で就職活動。世の中への絶望感と就職がなかなか決まらないという焦燥感があった。
20社ほど連続で不採用通知を貰い、自分は無能だと思い知った。
ある小企業に内定をもらった。この時10代である。初めて父親から祝福のメールを貰った。大変そうだけど、なんとかやっていくのだろうとこの頃は思っていた。
業種はIT。しかし、仕事は無かった。
会社は雇用調整助成金を使い、教育訓練を実施。
雇用調整助成金とは、経済上の理由によって事業活動を縮小せざるを得なくなった事業主に対し、労使間の協定の下、雇用維持のための対策を講じた場合に、かかった費用の一部を助成する制度。
給料の6割は国から助成される。
訓練としてシステム開発をロールプレイングする事となった。
要件定義から設計・開発・運用テストまでを全て行うといったもの。
会社の役員を顧客と見立てて、顧客が必要とするシステムを開発する。
同期の新卒新入社員5人で。
当然、何もわからないわけで。全てが手探りという状況。
役員の顧客は新人相手に現場同様と思われる厳しい要求をする。
そもそも要件定義とは何なのか、どのようにヒアリングすればいいのか、という事を素人5人が話し合い、そのうち険悪でギスギスした関係になっていった。
教育訓練は国の助成を受ける制度のため、時間が決まっていた。
しかし、週6日から7日、定時に一旦タイムカードを押してから終電の23時ごろまで毎日これを続けた。土日はタイムカードすら押さなかった。役員はやる気のある奴だけ時間外で作業しろと言っていた。つまり、これが出来ないのであればやる気が無いと見なされるわけである。
要件定義すら終わらず、土日返上で3ヶ月が過ぎようとしていた。
勤続1年の先輩2人、勤続3年の先輩1人、勤続5年の先輩1人が教育訓練に加わった。先輩ですら仕事がないのである。
「ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない」という書籍がある。
書籍の中の会社もIT企業で、登場人物に上原という人物がいる。
勤続3年の先輩がどう見ても上記書籍に登場する上原の特徴に合致する…。外見、言動も。もしかして、転職してこの会社に入ったのだろうか?と思うほどであった。
先輩を迎えて9人体制となり、要件定義も終わり、全員がギスギスしながらなんとか基本設計・詳細設計・プログラミングへと移る。しかし、問題は続出。その度にリスケ(納期を延ばす事をお願いする)を繰り返し、役員に詰めらる毎日で全員の精神はズタボロになっていた。
問題が起こる度に、なぜなぜ分析というものを行い、問題の原因を突き止め、役員に報告するのだ。
なぜなぜ分析とは、なぜを5回繰り返せば、問題の原因を突き止められるというもの。
本筋のシステム開発そっちのけで1ヶ月もなぜなぜ分析をしていた。
全員が全員を非難し合う。
「そもそも、なぜあなたはこの会社に入ったのか?あなたがいなければ問題は起きなかった。」なんて意見が平気で出てくる毎日である。
プログラムというものには開発者のコメントが書き込める。そうすることで、後にプログラムを見る人がわかりやすいようにできる。コメントはプログラムの機能自体には関係しない。そのコメントの書き込み方のルールも決めているが、なぜなぜ分析ではコメントのスペースが一字分少ない事でさえ非難の対象となった。
例
正
/ 2010年○月○日 氏名 プログラム変更
誤
/ 2010年○月○日氏名 プログラム変更
↑日付と氏名の間にスペースが無い!!!!
こんな事を土日返上で2年近くやっていた。一人、また一人と会社を辞めていく。
あくまで訓練なので職歴がついたわけではない。世の中はリーマンショック。せっかく学校に行かせてくれた親。私は恐ろしくて退職できずにいた。
2010年、忘年会。こんな会社でも忘年会だけはやるのだ。
しかし、酒の席で上原さん似の先輩が過労と極度のストレスで倒れる。
息していない!!!!
会社の役員はただ呆然と見ているだけ、なんと取引先の人が人工呼吸をするという事態。
1年先輩が救急車を呼ぶ。
上原さん似の先輩は生還した。
2011年、ある日人事がストレスチェックなるものを持って来た。
正直に書いたところ、私にはストレスがある事が人事に把握された。
ストレスチェックというのは罠である事を知らなかった。
その事を根拠に私にはやる気が無い、会社に協力的ではないと言われ、「他の仕事とか考えた事ある?」と遠回しに自主退職を促す。
私は自宅待機を言い渡された。やる気があるという事を証明するため、新しく勉強するプログラムの資格を自費で取ったりしてアピールするが、毎日電話で1時間ほど自主退職を促される。
もう辞めようと思った。
会社は解雇、内定取り消しなどを行うと国から助成してもらえなくなるので、結果として雇用調整助成金という制度を使って自主退職に追い込むといったやり方をしていたのだった。
国から6割人件費の出る教育訓練という名の追い出し部屋である。
そんな時、当時の唯一の楽しみであったニコニコ動画でバイク動画と出会うのである。
バイクで北海道に行く動画、かっこいいバイクMAD動画、キャンプツーリング動画。
なんとヘルメットにカメラを付けて、バイクを運転している!
まるでバイクの運転を自分が体感しているかのようだ。
バイクなんて少しも興味が無かったが、バイク動画からはバイクの楽しさを教えてもらった。
すぐにバイクに乗りたいと考えるようになった。
最初に興味を持ったのがBMW R75。
元々ミリタリー好きであったため、最初に思いついた。
しかし、博物館に置いてあるようなバイクであるので現実的ではない。
次に似たようなバイクを探し、カワサキWシリーズとSR400。
キックスタートしかない所も何だか古めかしくて良い。W400にはキックが無い。キックのあるW650は大型免許が必要となる。
SR400に決めた!
給料の6割をもらいながら、自宅待機命令を受けつつ、普通自動二輪の合宿免許に申し込んだ。
(続く)